赤塚一番通り商店会の歴史
赤塚一番通り商店会は、東武東上線「下赤塚駅」北口を出るとすぐに商店街のアーチが登場します。そのアーチをくぐって北側に約200メートル続く、昭和の雰囲気が色濃く残る庶民的なお店の多い商店街です。
赤塚一番通り商店会の歴史を探ると、昭和5年12月に東武東上線「下赤塚駅」開業から、徐々に駅前での商業活動が始まり、
約60年前(昭和27・28年頃)に、「赤塚支所通り商店会」として発足したのが最初といわれています。(当時駅前に赤塚支所がありました)
昭和38年頃「赤塚公会堂通り商店会」となりました。
赤塚公会堂が現赤塚支所に移転し、その跡地を東武鉄道が落札。その後東武ホープセンターが出来き、当時はボーリング場も有り駅前は賑わいを増して行きました。
その駅前の土地が落札された際、地番変更が有り駅前が赤塚2丁目1番となったことから名称を「赤塚一番通り商店会」に変更しました。昭和61年6月「赤塚一番通り商店街振興組合」として法人化し、例話5年4月「赤塚一番通り商店会」に変更しました。昔の商店街を知る人の話では「赤塚で一番になろう!」ということから一番通りとなったということです。どうも後者の説が正しいようです。

昭和58年、地下鉄有楽町線「営団赤塚駅(現:地下鉄赤塚駅)」が開業して、乗降客が地下鉄に流れ始めると、下赤塚駅北口前から伸びる当商店街を通行する人も減少し始めます。(ちなみに、下赤塚駅を利用する客は、平成4年の60割弱という統計も出ています。地下鉄は倍増しています)東上線の乗降客の減少、地域住民のライフスタイルの変化や、近隣の大型店の進出、池袋等の都心まで近いこともあり、商店街の顧客離れが続いています。
商店街の活性化は急務ですが、商店街の魅力が地域住民に伝わっていないことも考えられます。
毎月第一土曜日の赤市や福袋等のイベント等を開催していますが、そうした情報を継続的に発信し、コミュニケーション強化を図る努力をしていかなくてはなりません。
現在、板橋区のにぎわい再生事業として空き店舗を利用した、コミュニティスペース「赤ニコ広場」の運営を行い、地域住民の休憩、地方の物産販売、情報提供、色々な人たちとの連携の場として活動を行っています。また、地球温暖化防止のための消費電力の削減のために、街路灯のLED化を行い。平成26年7月には、安心・安全な商店街づくりのために防犯カメラを設置しました。




